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復興への足音、それは ― 東日本大震災1年で思うこと

宮城県石巻市を襲った大津波。津波前と後ではまるで別世界だ。

宮城県石巻市を襲った大津波。津波前と後ではまるで別世界だ。

その日、僕はオフィスにいて、いつもと同じようにパソコンに向かって仕事をしていた。

オーストラリアなので、晩夏のまったとりとした午後で、

夕陽とは言い難い日差しが窓から注がれていたのを記憶している。

やにわにデスクのもとに駆け込んできたのは、同室の会計士さんだ。

「しげさん、日本で地震だ!」

そういえばここ数日、中・大規模の地震がちょちょこと起きていて、

「最近は大きな地震が来ても、被害はそれほどでもないね」
※2日前の3月9日、宮城県沖で、阪神大震災と同等規模のM7.3の地震が発生、死者はなしとの報道だったと記憶している

なんて話をしていたばかりなので、

「ああ、またですか」

などと呑気に返答したら、

「震度7らしい」と聞いて、Yahooを開けると地震速報が出ていた。

そこからは情報を拾おうと思い、辿り着いたのがUSTREAMだった。

リアルタイムで流される衝撃的な映像の数々に、オフィスにいた全員はただただ震え上がるしかなかった。

あれから1年、僕は、僕たちは、

生きているから、生かされているという風に意識が変わったような気がする。

僕自身は幸いにも、家族・親類を含め被災しなかったが、

小額の募金をするくらいしかなにもできず、その無力さを痛感しながら、

今もなお五体満足で日々を生きている。

石原慎太郎氏が言った「我欲を洗う」という言葉は、

確かに緊急非常事態時の当時は不適切であったが、

今になってじりじりと重みを増してきたのではないだろうか。

被災者の保護が第一であるにもかかわらず、

政府や東電への問責で国中が紛糾している現状下で、

そんな状況でも強く復興しようと死に物狂いで頑張る東北の人たちの姿を見て、

涙が出るほどに、こっちが勇気づけられている。

復興の最大のポイントは、復興税でも賠償金でもなく

「生きようとする力」なのだと、教えられた。

だから、今一度、僕らは「生きようとする力」を取り戻さなければいけない。

Kamaishi Before-After

宮城県石巻市を襲った大津波。津波前と後ではまるで別世界だ。

2011年3月11日に起きた東日本大震災の犠牲になられた方およびご遺族の方々に、深くお悔やみを申し上げるとともに、被害に遭われた方に心よりお見舞い申し上げます。