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憲法が何であるかも知らない国会議員のために参院選投票に行くの? 

George_Washington

世界最初の成文憲法・アメリカ合衆国憲法を受けて初代大統領となったジョージ・ワシントン

7月に入りましたね。

オーストラリアは真冬です。冬なのにまぁ雨が多いんです、このゴールドコースト。

昔は年間300日は晴天といわれていたゴールドコーストですが、もはやClimate ChangeというよりClimate has been changedという感じです。

さて、7月の最大の“イベント”といえば、

参院選です。

日程は、

投票日:平成25年7月21日(日)

公示:平成25年7月4日(木)

となっています。

この参院選、すでに自民党の圧勝というのが大方の予想です。

これにより、衆参のねじれも正されて自民党のキャッチコピー通り、

 

日本を取り戻す!

 

はぁ? まだまだ国難は続くようですよ。

さて、参院選における、ある1つの焦点は、

最近こそ前面に出てきませんが、

憲法改正です。

しかし、自民党も当初はあれだけ強く主張していたのに、

参院選マニフェストを見ても最後の方にしれっと書かかれているだけです。

 

しかし、自民党が大勝すれば、まずまちがいなく憲法96条の改正に動きます。

 

アメリカに押し付けられ、上から降ってきたような現在の日本国憲法ですから、

 

憲法改正、大いにけっこうです!

 

でもね、憲法と法律の違いも分かっていないような

国会議員がずらずらいるこの日本において、

憲法改正の発議要件を下げてどうするのですかね?

 

ええ、憲法改正には大いに賛成だが、

憲法改正の発議要件を3分の2から過半数に下げるのは反対、

というのが僕の考えです。

 

前フリが長くなりましたが、ようやく本題に入ります。

憲法と法律の違いが分かっていない自民党の憲法改正草案。

同24条にはこうあります。

「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない」

家族を大切にするといえば聞こえは良いが、

「家族は、互いに助け合わなければならない」

な・け・れ・ば・な・ら・な・い……?

とは、誰が誰に対して命じているのか?

憲法と法律の違いは、

その命令が誰に向けて書かれているか(名宛人)という点で明確な違いがあります。

  • 法律の名宛人は市民です。
  • 憲法の名宛人は統治権力です。

 

そうです、憲法と法律はまったく違います。

ということを、僕自身も最近になって、自分で調べ、学びました。

 

つまり、「家族は、互いに助け合わなければならない」などと国民に向かって憲法が命令している

というのは、お門違いでまったく憲法として意味がありません。

 

そんなことを言うと、では「納税の義務」とか「教育の義務」とかはどうなるんだよ!

という人がいるでしょうが、

 

憲法は、国民が法律や義務を守るように規律しなさいと「統治権力に」命令しているのであって、

国民に向かって命令する憲法など世界中どこを探しても日本にしかないのです。

 

さて、このようなベースを理解できてない国会議員がひじょーに多い日本では、

憲法が憲法として機能していない

というのが実情です。

 

ちなみに、自民党のこの「家族~」のくだりですが、

憲法に明記するのは明らかな間違いであるのは自明ですが、

「家族は互いに助け合わなければならない法」という法案として、

それこそ、過半数で国会で決議できるじゃあないですか。

 

近代政治学の基本的な考え方は、「みんなで決めたことは、大体において間違いを起こす」です。

しかし、人間は間違う動物だから、“仕方なく”、多数決で決めて、

納得するしかないのだ、というのが民主制の本質的なな認識なのです。

 
そして、だからこそ「人間は知恵をつけなければならない」、これが近代民主主義社会の基本的観念です。

 

民主制の本質が「多数決」というのは、そもそも間違いなのです。

 

そんな日本の政治風潮の中で、憲法改正の発議要件を下げるのですか?

 

正直言って、終わってます。

 

ああ、言っておきますが改憲には賛成ですよ。でも、今の日本の政治で変えるのはダメ、という立場です。

 
統治権力というのは、国の中で一番力を持つ存在です。

軍隊を持ち、貨幣を刷る力を持っているんですよ。

私たちが喧嘩しようとも、金で動かそうとも、勝てるわけはないんです。

 

だからこそ、憲法は文章だけで最高権力がバカなことをしないように縛るのです。

 

そのため、その憲法を変更するハードルはそれ相応に高くないといけないんです。

 

この前提がわかっていなければ、参院選で投票しても後悔してしまうでしょう。

 

そういう意味では、96条が現行どおりであっても改正足り得るような

まともな国会議員が3分の2以上集まるように投票するのが国民の役目となるでしょう。

 

そのために国民自身がもっと立憲主義や社会正義について学びなおすことが必要であり、

その知識がやがて技術となって、新たな憲法をつくるための未来の日本につながるということです。

 

丸山眞男風に一言で言うならば、日本は今も昔も衆愚政治なのです。

ですから、今の日本では、なにも変わりません。

 

ですから、立候補者が憲法改正を訴えているのであれば、

その衆愚政治を認め、本気で変更する意欲があるかどうかを見極める必要があります。

 

余談ですが、

世界初の成文憲法はアメリカ合衆国憲法であると言われています。

当時、米国初代大統領になる前のジョージ・ワシントンは軍歴で功績を収め、

アメリカ国王として王位に就く予定だったとされています。

 

しかし、王制から脱するためにこの新天地を開拓したのに、なぜ王位に就く必要があるのかと

ワシントンはイギリスからの命をつっぱね、みんなが入札で統治者を決める大統領制を米国に採用しました。

当時の王制は絶対的権力ですから、王様の暴政を覆すには、戦争を起こすしかありませんでした。

それを憲法という文章だけで権力者の暴走をストップできるようにしたというところに、

憲法の神髄があると思います。

 

さて、現代日本でこうした気運を作るには、

市民が議論し、自治を取り戻すことからスタートしなければいけません。

 

しかし、日本ではなぜか政治への意識が高い人間は、穿った見方をされてしまいます。

この風潮も民主主義的にありえないことですが、

日本の市民の多くは、政治には無関心なのに(投票率でそれは明白)、

自主的に学ぶこともないまま、

報道を鵜呑みにし、感情的にギャーコラ、ギャーコラと騒ぎ立てる(ネトウヨの多くがそう)。

そういう日本人の多いことったらないですね。

 

こうした空気が、世論を形成し、空気に動かされやすい無知な政治家を動かしてしまう。

こんな状態で憲法改正も、国民投票もなにもないでしょうに。

 

ですから、もし現在の日本の政治を憂うのならば、

まずは勉強することからはじめるしかないのだと思います。

とはいえ、差し迫った参院選挙、さて、投票するところがありませぬな。。。。